クリーンハイクが早く終わり?、早く終わらせて、ハイキング!
いつもは百丈河原まで偵察しに行くけど、他会も行かないし、遅くなるし…と計算が働き、今年はごめんなさい。
11:00 JR武田尾駅から旧JR福知山線廃線跡に向かう。A木さんとO田さんと3人。
2年前の8月豪雨で変わったと聞いてはいたが、もう全然跡形もない。勿論、畑熊商店もなく、その道すらない。護岸工事されていて、駐車場予定。国道に畑熊商店の大きな看板だけが傾いて残ってはいた…
武庫川を渡り、廃線跡コースへ。すぐ真っ暗なトンネル2つ。すれちがう人のライトを目印に、ヘッドライトしないで猫目で歩く。(=^・^=)
桜の園の入口では、兵庫労山のクリーンハイク団体に出会う。拡声器でいろいろ説明しているけど、あまり気にせずに。設置されたマップのさくらの道、大峰山への左の階段を登る。
大峰山押し上げてくる青葉かな
ジグザグの急坂を登ると、きれいな東屋があり、一休憩。緑の息吹が大波のように押し寄せてくる感じ。山滴る!
ここからは看板少なくなり、無精しないで、拡大コピー地図とコンパスと高度計でしっかり確かめる。なんとなく百丈や大岩岳と感じが似ている山道。白い花はウツギ?時々背伸びすると、武庫川渓谷がぼんやり見下ろせる。
13:00 北摂大峰山(552M)。展望はないがこじんまりした山頂。いろんな人が行き交う。まもなく団体さんもどっと押し寄せた。やはり人気の近郊の山。
大きな鉄塔が左に現れ、右にはスゴイ急勾配の下り坂があり、関電の巡視路のよう。直進するが、相変わらず展望なく、苔むした灌木の中、倒木もあり。
ネットで調べてきたとおり、三叉路っぽい十字路あって、右に折れ、すぐ左の登山道に入る。こんな低山はいろいろ杣道が多い。時々看板設置してくれているが、小さくて見つけられなかったり、倒れかけていたり。
1/25000地図にはない、県道へ下りる道が作られている。その踏み跡を辿ると、車の音が聞こえ、ラストトラロープ設置の岩の急坂を下って、県道33号に出た。
14:00 県道を横切り、すぐ正面の鉄門の手前を右に入る。草が生い茂っているのでわかりにくい。調べてきたからわかるけど、拡大コピー地図でもわからないなぁ〜
長尾谷ダムの下の小さな鉄板の橋を渡り、ダムの右の急坂を登る。ゴルフ場の脇の細尾根を歩いて、三叉路を右に十万字峠方面に行くと、今までとは異質な赤土の山肌の尾根に出た。
中山手前の赤土の尾根
中山最高峰
15:00 中山最高峰(478M)。北側に展望開け、涼風が吹き渡る。ゴルフ場や先ほどの鉄塔、そしてなだらかな大峰山が見渡せる。やっと展望開けたところに来た!
奥ノ院経由で下山。奥ノ院は今年新築? 周りもきれいに整備されていた。
十八丁の石塔から順々と下ってゆく。宝塚の街並みが見渡せる。大昔、よく来た道。
16:30 中山寺に到着。参道脇にはいろいろな種類のアジサイが咲き始め、整列していた。
16:50 阪急中山観音駅。下山届。
17:00 JR中山駅と分かれて解散。お疲れさまでした。
よぉ歩いたあ〜32000歩! 長かったな〜 予定コースタイムは4時間だった。
緑にもいろいろあって梅雨に入る
いろいろあって、みんなwonderful!(と思う努力が私には必要です…)
青葉風サラリと頬をなでてゆく中山の坂いつか来た道 裕
あの頃、今の自分を誰が想像しただろうか…
その立場になると、ヒシヒシ伝わってくるものがある。
今までのなんて軽率な言動だったか〜
知らなくて済んでいくこともある、知らなくて幸せなこともあるけど。
「やってみなはれ」サントリー創業者の言葉だったな。
二〇一五年六月七日
P.S.
春山淡治(たんや)にして笑うが如く
夏山蒼翠(そうすい)にして滴るが如く
秋山明浄(めいじょう)にして装うが如く
冬山惨淡(さんたん)として眠るが如く
この山にたとえた表現は、中国北宋の画家郭煕(かくき)が著書「臥遊録」で絵画の極意として書いた文章。古人の感性に脱帽!ホォー!
∞ 編集後記 ∞
今年はエルニーニョ現象が強いとの予報。太平洋高気圧が弱く、気温が低く、梅雨が長く、降水量も多い傾向があるという。
雨が降れば山へ行きたくなくなっている。雨が降ろうが槍が降ろうが山へ行きたい気持ちはもう今はない。なぜかな?
あの頃の情熱がなくなった?山の怖さを感じたから? 人間はイヤだったことほど、覚えているという。屏風でのこと、中御所谷での落石のこと。確かにあの記憶が今でもこの身から離れないでいる。
臆病になった? 良く言えば、慎重になった。
しかし、事故を起こさないことが一番。また、事故を起こさせないようにしていく。
今までの複雑に絡んだこの身を糧にもう少しお付き合いしてね!私!
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