師走風 切って駆けゆく 三田マラソン

三田国際マスターズハーフマラソン
2011.12.18.

 師走という月はみんな慌ただしいようで、キャンセル続出。
 三田マラソンは関門が厳しく、第一関門は10km地点で40分。グラウンドへ入るゴール付近は1秒も狂い無く鉄門を閉めるのを昨年見てしまい、「わぁ〜キツー」
 フルフルと走ってしまったので、モチベーションもイマイチ上がらず、どうしようかな〜と迷いながらも、JR昼得切符も残っているし、近鉄回数券も期限が迫っているし・・・

 6時半の電車に乗っても、JRはそんなに混んでいなかった。エボシへフリークライミングに行く人たちに出会った程度。

 10:30 スタート。晴れ 5.4℃ 西南西3.5m 湿度51.8%
 三田牛の匂いを受けて、吹き降りる北風に向かっていく。
 「ガンバロー」とポンと肩たたかれ、「誰?」
 ケニア出身のエリック・ワイナイナはそんなに背は高くなかったが、さすがに姿勢よくてかっこよく、握手に差し出した手は大きかった。

 第一関門無事通過して、田園風景から工業団地への上り坂は練習不足もあり、きつかった。エイドは水だけだし・・・国際と名のつくマラソンは水だけ?
 ゆりのき台の住宅街へ入ると、子供たちやサンタクロースがチョコレートを差し出してくれて、元気をもらうと、2度目の上り坂はアッという間に終わった。
 ゆりのき台後半では、三田市民のK原さんの応援に一呼吸。心細かったから、とてもありがたかった。

 関門で止められたらいけないと思って、最初から飛ばしたから、ラスト2kmはバテバテ。

 2時間06分35秒。ネット2時間03分41秒。
 もうどんなに頑張ってもハーフで2時間を切ることはできないし、フルも4時間を切ることはできない・・・まぁ、いいっか〜こんな感じでこれからも走っていこうか!

 ゴールすると、先にゴールしたはずの同会のN君のザックあり、まだ帰っていない。豚汁を3回並びながら、待ちぼうけ。まもなくK原さんが来てくれて、N君は足痙攣で病院へ行き点滴を受けているというので、病院へ行くとすれ違い。寒風の中、だだっ広い三田市を隈なく歩いて、ラン後のいいストレッチにはなったけど。

 今夏、三田市へ引越された同会の道楽斎を訪ねる。新築のお家でご家族から心温かい接待をいただいて、やっと気持ちが落ち着いた。

 ゴールはお昼過ぎだったのに、三田を出る頃は日が落ちて暗くなっていた。
 MLに送られていたようで、仲間からご心配のTELやメールもいただき、帰りの電車の中で「ほぉ〜」と一息つく。
 早朝のKちゃん腰痛ドタキャンメールに始まり、マラソンコースと同様、山あり谷ありの師走の一日。そう、いろいろあった2011年を物語っているような形気転続の一日だった。

"絆"あり だからケラケラ 生きてゆこ!



明日への 希望を込める 除夜の鐘
 あっという間に2週間が過ぎ、今日は大晦日。あまりにも重く辛い一年が過ぎようとしている。
 日本特有の四季折々の誠に美しい自然とその同じ自然のもつ脅威。原爆を受けたこの国がまた原子力の恐怖に苛まれている現実。いまだ3600名という彷徨う魂を憂いながら、除夜の鐘が鳴っている。東北に向かい合掌して、明日こそ・・・

去年今年 貫く棒の 如きもの 高浜虚子

(2011.12.31.記)

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