八月尽 朝日の峰に 浮かぶ月

2001.8.15.〜20.

しばらくは 滝にこもるや 夏の初め   芭蕉
 仕事の関係上、毎年のことだが、お盆前とお正月前は出られない。
「今年も皆と一緒の合宿には行けないなぁ、お盆明けの週末は皆どうするのかなぁ、ミーティングに行って聞いてこよう・・・」 と、一人ブチブチ思っていた頃、M本栄子さんからFAXが届いた。
「朝日連峰・・・ 行きますので、よろしくお願いします。ただ、夜行で帰りたい」
「エッ、行くの?」
「エッ、行っちゃいけないの?」
「行くのだったら、お互い単独行にしましょう」
「???・・・ まぁ、なんでもいいっか・・・」
 久しぶりに時刻表とにらめっこする。関西から東北へ向かう便は少ない。東京から新幹線に乗るのが一番早いのだが、やはり夜行がいい。大阪からの夜行バスはもう満席という。JRの"きたぐに"はいっぱいだろう。名古屋から仙台行きの夜行バスに残り2つの空席があった。ラッキー!

8月15日(水)晴れ
 9:30 M本さんは近鉄で、私はJR関西線で名古屋に集合する。この名鉄夜行バス"青葉号"は横3列の座席でかなりリクライニングもでき、ゆったりして、お茶サービスもあって、最初から感激してしまう。
 YMCCは9月に屋久島合宿があるのだが、行けないことに同情してくれたように、屋久島を舞台にした映画が流れる。私にはこの山行が屋久島の代わりかな?

8月16日(木)曇りのち晴れ
 7:30 夜半、少し霧雨に遭ったようだが、杜の都、仙台は曇りであった。一夜にしてすごく遠いところまできてしまった。。。
 8:19 JR仙山線で山形まで、左沢(あてらざわ)線で左沢まで行く。
 10:30 朝日鉱泉へ行くバスは12:50までなく、タクシー相乗りしてくれそうな人を探す。リュックを背負った女の子が1人、声をかけると、聴力障害者のようで途中の朝日町まで行くと言う。タクシードライバーと交渉し、女の子と筆談で確認して、朝日鉱泉に入る。晴れてきたけど、行く朝日連峰は雲の中。

暑き日を 海に入れたり 最上川   芭蕉
 タクシーのドライバーのお話では、左沢というのはこの地方に重要な最上川の左岸を意味しているそうだが、"あてらざわ"という読み方はアイヌ語に由来し、"あっちのさわ"からなまりが入って巡り巡って、当て字ではなく当て読みになったらしい。東北独特の雰囲気が微笑ましい。
 12:00 朝日鉱泉から鳥原山を目指す。我々のペースでどこまで行けるかわからない。まして、初めての東北の山。コースタイムをどこまで参考にすればいいのか・・・
 吊り橋を渡ってすぐ、湧き水をいただく。甘露、甘露・・・ ブナ林の山腹をたどって、急坂となる。東北といってもかなり暑い。
 15:50 コースタイム通りに、やっと鳥原湿原に出て、朝日岳神社、鳥原小屋に着く。夕焼けと涼風の中、それぞれの夕食をとる。 小屋は無人だが、すごくりっぱ。今夜は小屋を拝借。

8月17日(金)晴れ一時霧雨
 3:50 起床。明るい三日月の隣にオリオン座、スバルも数えられる。
 4:30 ほのぼのオレンジの朝日を受けて出発。湿原にはミツガシワやウメバチソウがけなげに咲いている。
 5:00 鳥原山山頂からは真正面に主峰大朝日岳がデンとしていて、手前に少し雲に隠れて小朝日岳が座っている。

掬ぶより はや歯にひびく 泉かな   芭蕉
 7:50 小朝日岳を過ぎて、連峰隋一の湧き水という銀玉水をいただく。花崗岩の間からしみだしている水はほのかな甘味を残して喉に流れ落ちていく。Huuu・・・ そして、白い花崗岩を緑のハイマツが彩る快適な稜線歩きになっていく。
 8:30 大朝日小屋は鳥原小屋より少し大きいけど、そっくり同じ造り。もうお花畑には会えないだろうなと諦めていたけど、ヒナウスユキソウ、マツムシソウ、タカネナデシコ、キオン、イワベンケイ、トモエシオガマ・・・
 8:45 大朝日岳(1870M)の頂上はガスがかかって何も見えない。晴れていれば、佐渡ヶ島まで見えるらしいが・・・

 9:20 大朝日小屋に戻って、主脈縦走路へ。金玉水を過ぎ西朝日岳に至る頃、ポツポツ。

 12:00 竜門山(1680M)では大粒になり、またまたそっくりな竜門小屋で雨宿り。
 14:00 寒江山(1695M)に至る頃にはお日様が射し、おおらかな以東岳が眼前に大きく広がってきた。色とりどりの高山植物の群落が続き、天上の楽園のお散歩を楽しむ。ニッコウキスゲ、ウサギギク、キオンの黄、ハクサンフウロのピンク、マツムシソウ、ハクサンシャジン、ミヤマリンドウの紫、ヒナウスユキソウ、タカネヤハズハハコ、シラネニンジン、ハクサンイチゲ、イブキトラノオの白・・・ チングルマやイワウメはもう実になっていたが、こんなに素晴らしいお花畑に出逢えたのは何年ぶりかしら・・・
 14:45 狐穴小屋から「以東岳までピークあと6つ」と数えてファイト!
 16:55 雲一つない青空になり、お花畑をルンルン、右に月山、左に飯豊連峰を望みながら、以東岳(1771M)に立つ。振り返ると今日歩いてきた道がえんえんと連なって、大朝日岳が遥か彼方に浮かんで、朝日連峰の雄大さを実感する。北方の眼下には熊の皮を広げたと形容されている大鳥池が光っている。
 17:30 以東小屋には、番人がいらっしゃって1,500円で宿泊。朝日連峰の小屋は皆同じ形をしている。りっぱできれいな小屋なのに来年建て直すらしい。豪雪に耐えるため? ツェルトを持ってきたが、大朝日小屋と大鳥池以外では幕営禁止。「やっと植生が戻ってきた」とのお話に頷いてしまう。ビールロング缶1,000円は13時間歩いた今日のごほうび。
 小屋から5分下ったところの雪渓まで水を調達。これがドッとしんどかったよぉ。

8月18日(土)曇りのち晴れ
 5:20 霧の中、大鳥池まで急降下して、池の周りを辿る。
 7:10 幻の巨大魚タキタロウが棲むといわれる大鳥池はブナ林に囲まれ鬱蒼としている。
 10:00 今日は土曜日、たくさんの釣り人とすれ違って、泡滝ダム。
 10:55 少しでももう歩きたくない気持ちから、バス停を間違え乗り損ねそうになった。親切なバスドライバーに教えていただいて、結局、出羽三山も縦走することにした。緊急連絡先のN川さんにTELを入れる。
 12:50 温泉ブームは全国的なのか、鶴岡とこれから向かう湯殿山の中間にぼんぼ温泉があり、バスの待合時間に温泉に入ることができた。

語られぬ 湯殿にぬらす 袂かな   芭蕉
 16:20 湯殿山神社は出羽三山の奥の院で、本殿も拝殿もなく、裸足になって御祓いを受け、温泉が湧き出している赤茶色の丸い岩の御神体に参拝する。一瞬、ピンと背筋を張ってしまうほど神聖な気持ちになってしまった。
 16:50 月光坂と呼ばれる石の急坂と鉄梯子を登る。行者さんがわらじを替え、衣装をあらためた装束場の避難小屋を拝借する。初めて2人貸切の宿となる。17:40

8月19日(日)快晴
雲の峰 いくつ崩れて 月の山   芭蕉
 5:50 ミヤマダイモンジソウ、イワツメクサ、コバイケイソウ・・・ 朝日連峰以上のお花畑に囲まれて、姥ヶ岳の山腹を歩く。
 8:00 鍛冶小屋を過ぎ、石の参道を登りつめると広々とした草原の中、月山神社のある月山頂上(1984M)に出た。ほら貝を吹く山伏や白装束の参拝者とすれ違い、月山神社に参拝する。
 振り返ると、昨日までの朝日連峰、その向こうに飯豊連峰、その左奥に磐梯山、吾妻連峰、蔵王、北東には栗駒山、そして真北に大きく鳥海山が日本海へ裾野を広げている。まことに見事な眺望・・・ 昨夜、頂上小屋に泊まった人から、今朝の雲海の中からの御来光は素晴らしかったと聞く。春スキーで有名な月山だが、雪渓は少ししか残っていない。
 8:45 鳥海山を真正面に見ながら、ゆったりと穏やかな山容の中を下る。
 9:40 信仰の山らしい名の仏生池小屋で水を補給しようと思っていたのに、地図の○水はミスプリントであった。
 11:10 木道に変わるとまもなく、8合目の池塘が点在している弥陀ヶ原に到着。
 12:05 バスで出羽三山の最後の羽黒山に向かう。

涼しさや ほの三日月の 羽黒山   芭蕉
 13:30 バスは羽黒山山頂(414M)まで運んでくれる。行く年来る年で見たことのあるような大きな神殿に参拝する。延々と続く杉並木の石段を下りに下ると、国宝五重塔があり、境内では御神楽を舞っていた。
 再度、ゆぽか温泉に寄って、鶴岡で「お疲れさま」の乾杯をする。そして、新潟より夜行"きたぐに"に乗って4日間の山旅の幕を閉じたのでした。

あかあかと 日はつれなくも 秋の風   芭蕉
 優しくおおらかな東北の山々だった。植生を保護するため幕営を禁止し、地元山岳会の人達が山小屋を管理して、2000M未満だが、高山植物が豊富なこの山々を守っている。その気持ちがすごく伝わってきて心打たれた。
 何年か後、この原稿を読み返した時、どんな光景を思い出すのだろう・・・ 夜明けの三日月だろうか、振り返って眺めた朝日の峰々だろうか、湯殿山の特異な御神体だろうか、それとも・・・

(2001.8.31.記)

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