紺碧の 空に湧き立つ 屏風岩

2001.6.15.〜18.

プロローグ  ストーリーは突然に・・・
 事件は3月に始まった。理事会の総会に出席した時、モチもちモチロン参加する2次会で、T上さんから声をかけられた。
「今年も屏風、行くのか? 一緒に登ろか?」
「エッ・・・はい」
 我ながら、ちゃっかりしているなと思いながら、昨年のこともフッと頭をかすめ、天にも上る気持ちを抑えながら頷いていた。でも、T上さんは私の実力をわかってらっしゃるのかなという不安もあったけど、目の前にあるうれしさの方が先に立っていた。
 T上さんはこの3月で定年退職を迎えられ、奥様と四国八十八ヶ所巡りをされている中、6月9日、最初で最後のT上さんとの不動岩で、
「こんなんで、屏風行ってもいいのかな」と吐いてしまった弱気に、
「いい、いい」と答えてくれる言葉に、言葉だけにすがっていた。
 6月11日、連盟事務所で打ち合わせをし、中級同級生のN野君も一緒に登る予定だったが、仕事の都合で行けなくなり、T上さんとの2人パーティになった。

6月15日(金)
 いつもの夜行"ちくま"の予定が、K原さんより車のお誘いがあり、T上さんに連絡したところ、常任理事会後の時間に合わせていただいて、21:40JR茨木駅集合で行くことになった。N川ご夫妻やO野さんもOWCCのA木さんの車で出発された。
 途中、私の思い違いで遠回りさせてしまい、カーナビ頭脳のK原さんにカバーしていただいた。そして深夜3:00無事、平湯バスセンターに着くことができた。

6月16日(土)快晴
 6:40 暫し仮眠して、上高地行きのバスに乗る。
 7:00 エッ、こんなに早く上高地に着くの??? 安房トンネルができたから? 頭の中が地図音痴になっている。
 7:15 山菜観察組と別れて、時間との追いかけっこの登攀組は先を急ぐ。
 7:55 明神池の小梨の花はもう見られない。今年は季節が早いのだろう。
 8:40 まさに初夏という徳沢の新緑がまぶしい。いつものように流水を一口いただく。
 9:50 横尾のいつものところにT上さんの2テンを張って・・・
 10:20 渡渉の準備をして出発。横尾谷に出てすぐ、T上さんが大きなノコを出して、杖代わりに木を切ってくださる。浅いところを選んで渡りたいのだが、浅いところは川幅が広く、早く渡りたい気持ちがどうしても急流の狭いところへ行ってしまう。雪どけ水は冷たいが、膝までなのでなんとか無事右岸に渡ることができた。
 11:10 時々、A木さんより無線が入る。それぞれ無事に渡渉を終え、1ルンゼ押出しよりT4尾根を目指す。やがて雪渓が現れ、運動靴の私はキックステップの跡を大股に登っていく。
 12:00 一汗かき、フッと見上げると、紺碧の空の中、ドーンと屏風岩が迎えてくれていた。新緑のまぶしさと共に、N川さんのいつもの言葉を涼風が運んでくれる。「あー、今年も来てしまったか・・・」と。悠長に感傷に浸っている時じゃないって、気を引き締めて登攀用具を身につける。
 12:40 雪渓をT上さんがザイル50m延ばす。私はハンマー頼りに登っていく。そして、雪渓から下部岩壁に乗り移るのだが、シュルンドの深さは20m、幅は80cmぐらい。意を決して、「エイ、ヤッ!」と跳ぶ。ホッ・・・ でも、足場は確実でなく、T上さんが跳ぶ時はA木さんにフォローしていただいた。
 T4尾根1P目のフェースをT上さんは白いタオルを首に巻いてスイスイと登っていかれる。
 そして、2P目、リードさせてもらうが、アレッ、登れない。エッ、どうして・・・
 T上さんは「諦めるか、下りてくるか・・・」とおっしゃる。右を見たり、左に回ったりして、結局フレンズをかませると安心感がでたのか、オー、行けた、オー、登れた。
 「落石するなよ」とA木さんが叫んでいる。
 樹林帯に入り、最後大岩のチムニーを抜け、スラブ状を登るとT4テラス。顕著なディェードル雲稜ルートが真正面に湧き立っている。15:00
 15:40 1P ここから懸垂で下山されるA木、T歳パーティと別れて、K原パーティの次を滝上さんが登っていかれる。一昨年リードした時は濡れていたのに、圧迫感は感じなかった。今年は乾いているのに、何故かすごく怖く感じる。どうしてかな・・・ そんな想いが今回ずっとつきまとってしまった。
 2P ピナクルを越して、バンドを左上して、扇岩テラス。19:00
 大テラスに移動して、ツェルトビバーグ。一番日の長い時節だが、イワツバメが飛び交う中、夕暮れがほんわかオレンジに染まっていった。
 T上さんは「1日位何も食べなくてもいい」なんておっしゃるから、どうしようかなと思ったけど、α米の五目御飯とフリーズドライの玉子スープを持参した。玉子スープにひとひらのヨブスマソウを浮かべると心まで和んでくる。お湯を沸かすだけだから、小さなガスカートリッジで充分。すぐ、就寝する。

6月17日(日)快晴
 5:00 起床。パンとコーヒーの朝食を終え、ガサガサ準備する。
「そんなに慌てんでいい。ゆっくり行こう」と言ってくださる。
 7:00 3P 垂壁をアブミで登っていく。
 4P 大岩を両手で乗っ越し、右へトラバース。
 5P 東壁ルンゼ状スラブに入ったので、リードさせてもらう。ところが、レイバックができない。もうA0持ちまくりで、あらゆるランニングとって登っていく。フレンズもこまめに使い、T上さんは手が入らなくて回収に困ったらしい。濡れているけどハーケンがいくつもあるところで確保。
 6P 明るいスラブに出て、フリクションを効かせればいいんだ。
 7P 終了点らしきところが見えて、なんとなくうれしくなる。T上さんのアドバイスをいただき、ザイルを延ばす。華やかな黄色のミヤマキンバイが微笑んでいる。終了点に着いているK原パーティから声がかかる。
 8P 草付の凹角を浮石と浮土に悪戦苦闘して終了点。K原パーティが待っていてくれて、がっちり感激の握手。11:45
 12:20 ザイルを解いて、屏風ノ頭へ向かう。トラバースに入り、T上さんの1m後ろを歩いていると、
「ガサァッー・・・」
 直径1m長さ2mはあっただろう、大きな岩が大きな音と共にゴロンゴロンとスローモーションのように落ちていった。一瞬、T上さんは・・・とヒヤッとした。T上さんはヘルメットに被った土を払っていた。
「アー、びっくりした・・・」
「枯れ木にぶつかったらいけないと思って、払おうとしたら、ドーンときた」
「エッ、私のために・・・」私がぶつかっていたら、一緒に落ちていったかもしれない。T上さんのすぐ後ろを歩いていたら、巻き込まれていたかもしれない。
 ドキドキ鼓動を抑えて、慎重に歩く。屏風尾根に出る直下も浮石が多く、ザイルを出してもらう。
 13:00 尾根歩きに入って、少しホッとする。
 14:00 360度の屏風ノ頭。穂高、槍、常念、蝶ヶ岳・・・ ここから見る穂高連峰には圧倒される。「登ってきたんだ・・・」という感激に胸いっぱいになる。東稜を登っていた3人パーティと出会う。彼らは徳沢に下ると言う。
 最低鞍部まで下り、ヤブコギに入る。山桜の淡いピンクが通り過ぎていくが、必死でT上さんの後を歩く。ヤブコギは嫌いなのでT上さんと離れてしまう。
 「甘えていたらケガをする。しっかり歩かんかい」と怒られてしまった。
 雪渓に出て、4本アイゼンをつけ、涸沢道を下り、本谷橋を渡って、もう声も出ないというバテバテ状態で横尾のテンバに帰った。17:30
 N川ご夫妻やO野さん、A木さん、T森さん、K原パーテイが拍手で迎えてくださった。
「水、水、水・・・」
 イマイチいつもの自分と違う。そういえば昨夜も喉が渇いて何度も起きたっけ。確かにオリーブマラソンを目指してダイエットしたけど、その後リバウンドせず、その逆のまま、屏風に来てしまった。ダイエットなんかダメだなぁ・・・
 T上さんはさすがに全く元気で、ミヤマメシダやウドをゴソゴソしていらっしゃる。まだ何回でも登ってこれそう・・・という感じ。Haaa・・・
 山菜観察組のすごく大きなオレンジ色のマスタケの入った焼肉や山菜ビーフンという旬のグルメをいただいて、少し落ち着く。差し入れていただいたN島さんの行列のできる店のチーズケーキやS司さんのなんとかシュが振舞われると、今までの緊張感から徐々に解放されていく自分がわかる。
 星たちがキラキラ、ポォーとしている目にささやいてくれる。明日も晴れそうね。T上さんはじめ、星たちも含めてみんな、どうもありがとう!!!

6月18日(月)晴れのち曇り
 ゆっくり起床、ともいかない。いつもの調子が再現される。
 横尾の橋は昨年頑丈な橋に建て替えられたが、今年はトイレもバイオ式になって環境に配慮されるよう建て替えられていた。毎年毎年変わっていくなぁ・・・ 来年はどうなっているのだろうか。
 のんびりマイペースで昨夜の残り物のちらし寿司の朝食をとって、横尾を後にする。
 徳沢、明神池、上高地バスセンターとそれぞれ特有の休憩をして、平湯バスセンターで入浴。そして、それぞれの車で帰途につく。
 名古屋を過ぎた頃、雨がポツポツ。そう、今は梅雨だものね。
 「えー、雨が降ってまいりました。エヘヘ」A木車のN川さんよりうれしそうに無線が入る。K原車のメンバーもニタニタしている。明日は洗濯日和じゃなく残念ね・・・ ダイポール現象、異常気象、なんでもいいけど、うれしい空梅雨の3日間でした。

エピローグ  希望の轍
 T上さんには本当にお世話になり、どうもありがとうございました。いろいろお話でき、いろいろ教えていただいて、もったいないくらいの充実した日々でした。ヨーロッパのこと、8000M級のお話、アブミの乗り方、トレーニングのこと、クライミングのこと、そして山全体のこと。
 「どうして、私と登ってくれるの?」と思いながらも、素直に純粋に喜んでいました。

 What more could a person ask for ?

 ただ、今の私は中級卒業した頃の私ではなく、「へたくそになったな」と見抜かれていたように、体調も万全ではなかったこと、すごく反省。
 いろんなことあるけど、またトレーニングして、来年もアイボリーホワイトの小梨の花が舞う頃の屏風岩に会いにくるよ、きっと!!!

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