黒南風に 緑ゆらめく 屏風岩

2000.6.16.〜19.

6月16日
 天気予報は、"くもりのち雨" 土曜日一日もってくれれば、というかすかな期待をもって、急行"ちくま"に乗る。今年は、TさんやKさん達もいらして、とてもにぎやか。なんと珍しくケーキの差し入れがあり、おいしくよばれる。

6月17日
 曇天の中、上高地から横尾へ向かう。歩き始めてすぐ、Nリーダーが私に問う。
「S君とどう?」
「エッ・・・」
 一瞬、足が止まる。"どうして?一度も練習したことがないのに"
「屏風岩にむかってトレーニングした先週の仁川でもできてるのならいいけど・・・」と返事する。
 "今年も屏風岩に行くんだ"と積み重ねてきた気持ちが揺らぐ。結局、この気持ちを整理できないまま、今年の屏風岩は終わってしまうのだが・・・
「私と組む?」NSさんが私に言ってくれる。
 崩れそうになる気持ちを抑えて、ただただ、NSさんの言葉にすがる。そうして、N・H・SパーティとNS・Yパーティとになる。 明神館の小梨の白い花がゆらゆらと舞う。こんな満開は初めて。
 横尾に着き、テントを張って、さぁ、出発。鉄製のりっぱな橋を渡り、できるだけ手前を、倒木を杖に渡渉する。
 やがてポツポツ雨が。1ルンゼを登り、取り付き手前の雪渓までくると、本格的。全く止みそうにない。屏風の岩は濡れている。そのせいか新緑がまぶしいほどあざやかに映る。Nリーダーは「撤退」を決める。
 帰りは、樹林帯の"秘密の花園"を観賞しながら、1ルンゼを下り、またヒヤヒヤ冷や冷や渡渉して、テントに戻った。
 TさんやKさん達は、もうすでに戻られており、やがて大交流会となる。Tさんのゴマ油でのウドのてんぷら、秘密の花園のユキザサのマヨネーズかけ、高級料亭でも味わえない贅沢な一品をいただき、し・あ・わ・せ・
 明日、Tさん達は帰るとおっしゃる。私達は、たぶん雨だろうから、奥又白池までハイキングとなる。晴れれば、勿論登るのだが・・・

6月18日
 エッ、ウソ 雨は上がり、あ・お・ぞ・ら・
 4:45 今日こそ、と気持ち新たに出発。またまた渡渉して、1ルンゼを登る。雪渓がでてきてすぐ、4本アイゼンを着ける。青空をバックに新緑の屏風岩が輝いている。
 7:45 最後60mの雪渓よりザイルを出して、さぁ出発!
 8:30 取り付きのシュルンドから岩場に移るのは勇気がいる。確保されているとはいうものの、「エイ、ヤッ!」と飛ぶ。Nさんから送られたイメージトレーニングしてきたけど、現実は全然おっかない。
 半分雪渓で隠れている1ピッチと2ピッチ、Nリーダートップで登ると、もうこのままで行きたいような気分になり、NSさんがNリーダーに問う。
「N・NS・YパーティとH・Sパーティはどうですか?」
 Nリーダーからは返事がなかった。やはりNS・Yパーティで鵬翔ルートを登ることとなる。少しの待ち時間も惜しんでSMさんからいただいたルート図をチェックする。
 T4に着くと、Nリーダーより思いもかけない言葉を聞く。
「NS・Yパーティは東稜ルートを、我々は雲稜ルートを、14:00までに3ピッチ登れなければ懸垂下降する。」
「エッ・・・」
 只今、11:10。3時間弱で下調べもできてなく2人とも知らないルートを3ピッチ。"きついなあ"と思いながら、気持ちを立て直してT2に向かう。
 私達を見送りながら、Nリーダーがつぶやく。
「もう、ここから懸垂してもええんやけどなあ・・・」
「エッ・・・」
 とにかく3ピッチ速く登らなければならない。東稜は1ピッチ目が核心らしく、NSさんに続き、アブミと孫の手を駆使して登っていく。でも、いつもの私とは違う。時間を気にしながら、萎えそうになる気持ちにハッパをかけながら・・・ 1ピッチ終える頃には"もうダメ"と思ってしまった。
 Nリーダーに無線を飛ばすと、Nパーティも懸垂下降するという。懸垂をかけ、T2、T4へ戻る。ニッコウキスゲはまだまだ固い固い蕾。そんなに首を傾げて私を見ないで・・・ いったい私に何を言おうとしているの?
 落石に細心の注意を払いながら、T4尾根を懸垂下降し、あのシュルンドを渡る。Nリーダーに聞くと、残雪の多さは30数年登ってこられて初めてとおっしゃる。記念すべき残雪をバックにシャッターをきる。
 秘密の花園を通り、1ルンゼへ出ないまま横尾谷を渡る。横尾のテントには、Yさんがビバーグするかもしれない私達にソーメン作って、たった一人で待っていてくださった。唯一、ホッとしたうれしいと思える瞬間だった。19:00
 ミヤマメシダ、コウモリソウ等、この時期、この場所、この仲間でしか味わえない料理を、ビバーグ用ハムステーキとともによばれる。皆かなり疲れていて、早々就寝する。

6月19日
 今日も梅雨とは思えないほどの青空が広がる。T4のニッコウキスゲのような気持ちで上高地まで行くと、な・な・なんとOさんが待っていてくださった。思わず「ワァー」と声をあげてしまった。
 坂巻温泉で心身の疲れを癒し、松本で中華料理をいただき、皆バスで帰ると言うので、私も名古屋行きのバスで無事帰ってきました。

無事に帰ってくることが最高のおみやげ
 今まで、がむしゃらにクライミングをしてきて、ひとつ曲がり角に立った山行だった。昨年ある人に言われたことがあった。
「あなたは甘えている。」
 そう、しっかりした、素晴らしい会にいるというだけで、会の活動に順じていけば、もうそれだけで、精一杯だし、充実感もある。でも逆に言えば、周りの人達に甘えているにすぎない。中級の同級生達は、自分の力でパートナーを見つけて、未知の世界に挑戦している。春山後も思ったことだが、私も自分の足で歩いて行かなければ・・・と思う。
 今回の山行で、只一つ後悔しているのは、T4でNさんにタイムリミットを決められた時、たとえリーダーの結論は変わらなくても、自分の意見は意見として言うべきだったかな・・・と。
 いずれにしても、今の実力では無理だったと思うが、N島昭子さんと二人で東稜にアタックできたことは、私にとって素晴らしい財産になった。崩れそうになりかけた時、かけてくれた言葉はとてもうれしかった。
 なによりも、無事に帰ってきたことが、一番良かったことだろう。いろいろ我儘を言ったりして、みなさんにお世話になり、どうもありがとうございました。山は逃げない。でも、チャンスは生かしていきたいと思う。

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